カナダの大都市の一つであるトロントは、世界の中でもトップクラスの経済都市である。ここでは、世界中から集まってくる様々な移民を受け入れ、移民の排斥や公害などの負の歴史を抱えながらも発展してきた。また、トロントは様々な民族が集まって形成された都市である.同じ民族が固まるという現象がおこり、チャイナタウンやポルトガル人街、リトルイタリー、ケンジントンマーケットといったエスニックタウンが多く点在しているという特徴を持っている。チャイナタウンに足を踏み入れれば、カナダにいるのにまるで中国にいるような感覚。建物の外装や看板をながめ、並んでいる商品を手に取り、交わされる言葉を聞いていると、一つの都市の中で様々な国を感じることができる。
トロントという都市はどこもかしこもビルが建ち並んでいて、大企業の本社や大きなマンションが立ち並ぶような、ニューヨークのようなアメリカの大都市の風景を想像していた。都市部の外れに行かなければ住宅街が見られないのではないかと思っていた。しかし、予想は違っていて、住宅地がビルに囲まれるように展開されていたりする。トロントのシンボルであるCNタワーから見下ろしてみれば高層ビルの割合より住宅地の割合が多く、ゴミゴミしている印象は受けなかった。また、住宅の外見がどれも似ており貧富の差が見えづらいというのもトロントの特徴である様に思える。
カナダでは、不況などによる財政難から連邦政府主導から州やその都市が主導になって行政を行ういわゆる地方分権が進んでいる。トロントもその影響を受けており、財政の確保や行政の効率化を達成するためにトロント周辺の都市と合併・吸収を繰り返し今に至る。低所得者向けシェルターなど合併によってこうした福祉サービスは行えるまでになったが、そうしたサービスをひろく提供しつづけるだけの財源や人材が乏しいという厳しい状況に直面している。
財源が限られているので、膨大な予算を必要とするインフラに関しては優先されない。そのためインフラ整備はトロントの長期的な課題になっている。トロントの中心部に位置するユニオン駅の工事、空港直結の路線が今になって開発を始めているのはこのような事情が関連している。
今までは、連邦政府や州政府が都市計画や財源を考えて、それをトロント市が下請けをするような形であったが、10年前にトロント市に都市計画などを州と共同で作成・交渉することができるようになり、現場からのニーズに応えることができるようになった。こうした整備によって、今後トロントは効率的な建物の配置や開発が進み、更なる発展が期待できる。新しい電車の路線の開発が進んでおり、交通網の整備を始めている所から、トロントの長期的な課題であるインフラに関しても一歩を踏み出しているようだ。トロントの再開発も進んでいる。
しかし、そうした再開発が進むと同時に、一見するだけではあまり気づかなかった格差の問題が浮き彫りになっているのも事実である。実際、再開発が進むことで地価の上昇や、公共住宅の建て直しなどが起こることで家賃が上がり低所得者層が住めなくなってしまうという現象が発生している。こうした現象に巻き込まれるのは、低所得者や少数民族などの社会的弱者である。このような立場の人々をどのように支援していくかがトロントの今後の発展に大きく影響する問題でもある。
こうした問題に対して、トロントでは市民が中心となって活動するNPO団体が存在しており、活動している。ここは、日本とは大きく違うポイントである。日本の場合はそれほどNPO団体が目立った動きを見せていないせいなのか大半の人は触れる機会がほとんどないように影に隠れている印象を受ける。団体に触れる人がごく限られている他、街の景観が厳しいために外装に対する規制もある。外装で動けない分少ない予算でPRする手段が無い様に思える。また、外装によってはそこに関わる人が入りづらくなってしまうという周りの目の力があるのも関係しているのではないか。
今回のツアーでインタビューを実施したNPO団体であるSTEPSは、マンションの壁画アートを利用したりして、低所得者が発展するコミュニティの中で暮らしやすい環境を作ることを試みている。この壁画はパンダなど様々な国の文化を表しており、景観を考えると異様に目立つ。
なぜこのようなアートを利用するのか。それは、アートをきっかけに「対話」を生み出すことを狙っているという理由がある。「低所得者の集まり=治安民度に問題がある」といったレッテルや周りの目によって「対話」が生まれず相互理解の可能性が生まれない。壁画を通じて話のきっかけを作り、話を重ねて親交を深める可能性を生むためにアートを使っている。
また、こうした支援を行うプロセスを大切にしており、資金調達の際の交渉の中でプロジェクトを積極的に周りに発信していくと同時に問題点や戦略を練り直していく方針をとっている。それが他の団体に自分達の活動が広まっていくことに繋がるのを狙う。
しかし、資金繰りはなかなか思うようにならないのが実情である。都市の発展と格差是正のバランスをとることが難しい現実を示している。
こうしたアクティヴィストの活躍は、財政難の行政では届かない不公平な部分(例えば、行政サービスを受けられない人と受けられる人のバランス)を埋め合わせる機能を持つ重要な役割を担っている。日本においてもこうした活動を積極的に行う団体は存在しているのだろうが、トロントほど大々的に団体の存在をPRすることに成功はしていないのではないか。
トロントは10年前に共同で都市開発ができるように法整備をされて、今後更なる都市開発が進むだろう。しかしそれ以上に発展を急いで忘れられやすい社会的弱者の存在を認識させる役割として、市民の生活のバランスを調整する役割としてこれらの団体の今後の活躍は、トロントにとどまらず、もちろん日本を含めたあらゆる地域で期待される。日本もまた、年金問題やシングルマザーに対する政策がなかなか上手く行かない状況を見ると、行政サービスは縮小傾向にあり行き詰まっている。こうしたサービスをより効率的に公平に行うために市民の活動は今後の日本の発展に重要なファクターだと思う。
[参考]
巨大都市トロントの成立 カナダにおける自治体合併の検証
http://www.clair.or.jp/j/forum/series/pdf/57.pdf