オーストリアSV

ウィーンのカフェ

稲田みのり
教育人間科学部 人間文化課程 2年

はじめに

オーストリアはウィーン。この街は世界有数の観光地である。
観光地としてウィーンという街を魅力的に感じさせる要素は数多く存在する。国や街の文化はそんな要素の多くの部分を占めているだろう。
そんな歴史深い数々の文化の一つとしてウィーンには「カフェ文化」というものがある。
文化の始まりは、1529年そして1683年の二度にわたるオスマン・トルコ軍によるウィーン包囲である。彼らはいずれもウィーンを没落させることはできなかった。そして逃げ帰った際に色々なものをウィーンに残していった。その中の一つが、コーヒー豆であるのだ。ここから、ウィーンのカフェは無形文化遺産に登録されるまでに発展していったのである。
さて「カフェ」というものは一体どのように文化となっているのだろう。普通の人は想像しづらいかもしれない。そして、これはどのようにして観光に結びついているのだろうか。
観光雑誌の多くを飾る歴史深いカフェたちが求められているものとは、いったい何なのだろうか。
今回私はツーリズムスタジオでの研究として、このことについてテーマとして取り上げ、実際に現地でのフィールドワークを行った。

現地人にとってのウィーンのカフェ

「ウィーンでは『カフェにいる』とは、『家にいる』と同じ意味だ。」と作家であるハインリッヒ・ラウベ(1806-1884)は言った。
ウィーンでの、カフェの捉えられ方が凝縮されているような一文であるように思われる。まさしくウィーンの人々にとって昔からカフェは文化、つまり生活の一部であり、わざわざ新聞を読むため、おしゃべりをするため、食事をするために、彼らはカフェという空間を好んで選ぶ。外であっても、ウィーン人にとってそこは外ではないのである。一人のくつろぎの場にも、社交場にもなり得るのだ。種類豊富なメニューからたった一杯の好きなコーヒーを選ぶだけで、彼らは至福のくつろぎを手に入れることができるのだ。
“くつろぎの空間” この言葉通りの空間を彼らは求めている。観光雑誌に載っていなくても地元民から愛されている歴史深いカフェは数多く存在していた。店内における多少の高級感のなさ、店員さんのラフさなどから、観光雑誌に載っているようなカフェと比べて「ウィーンっぽくない」と思う観光客もいるかもしれない。しかしその居心地の良さ、長時間くつろげるゆったりとした空間こそが本来の「文化としてのウィーンのカフェ」であるのかもしれない。

オーストリアSV2017:地元の方に人気のカフェ SAVOY (1) オーストリアSV2017:地元の方に人気のカフェ SAVOY (2)

地元の方に人気のカフェ SAVOY

観光客にとってのウィーンのカフェ

さて一方で、観光客にとって「ウィーンのカフェ」とは一体どのようなものなのだろうか。
観光雑誌をひろげ、はじめに目に飛び込んで来るのは、大きく掲げられている「ウィーンの“伝統的な”カフェ」という文字である。
1800年代から1900年代初頭にオープンしたカフェがウィーンには現在も数多く残る。カフェ文化を支えるそれらの名店は、観光客にはとても人気があるのだ。
観光には“非日常”を追い求める、手に入れる、という魅力が存在している。つまり普段の生活では味わえない「ウィーンっぽさ」を感じられる場所は、特別に魅力的なのである。では、観光客はどのようなところに「ウィーンっぽさ」を感じるのだろうか。

現地のカフェにおいて、FWを行い、店員さんにインタビューをし、見えた結論はこうだ。

オーストリアSV2017:観光客に人気のカフェ Sacher

観光客に人気のカフェ Sacher

観光客はくつろぎの空間として紹介されている場所にくつろぎに行っているわけではないということだ。彼らは、本や新聞を読んだり、政治の話をしたりするために貴重な観光時間を割かない。人生で一度は訪れたい名店に行き、そして有名なケーキを食べ、人気のコーヒーを飲む。その体験がウィーンでしたい、ただそれだけなのだ。その空間にいられれば、写真を撮ることができれば、満足という人も中にはいるだろう。観光雑誌で飾られている憧れの空間に身を置きたいのだ。「ザッハトルテの発祥のお店」であったり「ウィーン最古のカフェ」であったり、店によっては様々であるが、そのキャッチーな題名に目をつけそこへ足を運び「なるほど、これがウィーンのカフェというものなのか、たしかにウィーンぽい」と昔からの歴史を感じている気持ちになるのである。つまり「ウィーンっぽさ」とは観光雑誌などによって魅せられた姿であるのだ。実際に住んだことはないが、観光雑誌などで紹介されている有名店にのみ訪れ、豪華な内装や、スーツを身にまとったボーイさんを見て、多少の高級感を味わい「ウィーンっぽい」と思う。そうして彼らは観光の醍醐味である“非日常”を感じるのである。

さいごに

ウィーンにおいて文化としてのカフェ、観光地としてのカフェ、両者は同じ謳い文句を身にまとっていたとしても、違う存在であるように思えた。

地元の方に人気のカフェ〈SAVOY〉では、カフェの外と中とは時間の流れが全く異なるように感じた。お客さんも自分自身の時間を味わい楽しんでいるようであった。店員さんも気さくであり、心からくつろげる空間であったといえる。一方で、観光客に人気のカフェ〈Sacher〉では、人々は賑やかな店内で、それぞれの目的を楽しんでいた。ここはザッハトルテ発祥のお店であるため、それを頼み堪能している人もいれば、店内の豪華でリッチな雰囲気を楽しんでいる人もいた。どちらのカフェにも、また訪れたどのカフェにも素敵な魅力は多く存在していた。

何者かによって作り出された像と、現実が異なることは往々にしてあることだ。ウィーンのカフェにおいて、もちろんイメージと現実が全く異なるわけではない。しかし確かにそこには、訪れる目的の違いから生まれるカフェの見え方の違いが存在しているのである。

それぞれの目的をもつ人々が同じ空間で同じ時を刻む。それぞれの楽しみ方でカフェを味わう。そんな空間もまたウィーン独特の特別なものなのかもしれない。