高校時代より合唱をしている私がウィーンと聞いてまずイメージしたのは「ウィーン少年合唱団」であった。多くの人が世界的に有名な合唱団は何かと尋ねられると真っ先にこの合唱団を思いつくのではないだろうか。「合唱」という音楽活動をすることやその演奏会に足を運ぶことは日本ではあまり一般的ではないと私は感じる。それにも関わらず、なぜこの合唱団はこれほどまでに知名度を誇るのであろうか。また、このように有名だからこそ彼らが母国オーストリアに果たしている役割はどのようなものなのだろうか。今回私はこれらの問いについてこのSVを通して考えてみたいと思う。
彼らは、かつて王宮付属の宮廷楽団の中の少年合唱部であり、宮廷の礼拝で音楽を奏でることが役割であった。現在もその役割は失われていないが、やはり明らかに観光資源と化している様子が窺えた。現地在住の日本人の方にお伺いしても、そのような印象はあるとの回答であった。毎週日曜に行われており彼らが出演するミサでは、ミサであるにも関わらず、座席が有料のチケット制であったり、立見席までもが設けられていた。現地のスーパーにまでこのように彼らをイメージキャラクターとして利用したお土産が販売されている。
モーツアルトクーゲルンならぬ
ウィーン少年合唱団クーゲルン
ミサの最後に1曲演奏してくれる
専用劇場内に設置されてある
SNS向けコーナー
この前に座っているのはチケット料金が最も高い席の人々である。ほとんどの人がスマートフォンを片手に撮影を行っていることから、彼らは観光客なのではないかと考えることが考えられる。
また、彼らはMuTHという専用劇場を持っている。その中のホワイエには、このように#in the MuTHというSNS撮影向けコーナーもある。もちろんグッズ販売のコーナーも設置されてあった。
飛行機の機内誌にも彼らの写真が使われた広告バナーを発見するなど、このように、ウィーン少年合唱団は王宮付属の合唱団という役割だけでなく、ウィーンの観光政策の一部を担わされる存在ともなっている。
現在のウィーン少年合唱団の団員達は、応募者の減少からアジアや黒人など世界的に多用な人種から成っている。MuTHに置いてあるような彼らのチラシは、そのように多人種の子供も撮影モデルとなっている。
他にも多くの人種の団員たちの写真が掲載されている
このことは、ウィーンには国連の主要事務局があるように、世界に向けて、ウィーンは国際都市化をすすめている、というアピールにも繋げたい魂胆が考えられる。
そのように、現在のオーストリアの政治外交の思惑に、国策としてウィーン少年合唱団やウィーンフィルなどの音楽使節が組み込まれていることが見えてきた。この点はもしかすると、日本でも行われているのかもしれない。
しかし日本では現在においても、彼らに対して「金髪で青い目をしている天使たち」というイメージを持っている人が多いことだろう。このようなウィーンの多文化性を日本人が知ろうとしないのは、日本人の気質として、混じり気のあるものよりも単一性を好むという風土にあるのではないだろうか。そのようなイメージを抱かせないようにするための意図的な操作性も感じる。私自身も、その多人種を事前調査で理解していたり、2016年6月の日本公演で見ていながらも、やはりまた実際に現地で見ると違和感を抱いてしまっていた。
音楽の都と呼ばれることで名高いウィーン。そんな都市の市民に音楽を根付かせることにおいて、あちらでの音楽と宗教には深い結び付きがあるのではないかと色んなミサなどで実感した。例えば、先述したようにこのウィーン少年合唱団も元々は宮廷楽団の少年合唱部であり、宮廷の礼拝で音楽を奏でることも彼らの役目なのであった。そのため、あちらの人々は「音楽を好む」という次元なのではなく、そもそもそれが「日常」なのであり、根付くための土台が元々存在するのではないだろうか。
逆に言うと、日本におけるウィーン少年合唱団のイメージには、先述したような多人種性の点も然りであるが、このように宮廷礼拝堂での任務が主な活動であるという点が切り捨てられてしまっていることが分かる。
そんな中で「日本がウィーン式の音楽の都になりえるのか」や「日本にこのようになりえる音楽使節が存在するか」ということは、そのように歴史背景など土台がそもそもあるところなどでないと難しいのではないだろうか。
また、MuTHではウィーン少年合唱団以外の出演者によるイベントも多く行われているのだが、どれも子ども客が多かったことが意外であった。このことは「ウィーン少年合唱団の専用劇場」という場所は「未来の聴衆を育てる」という役割も担っているようであった。
私がMuTHで見た演目の1つに、「新しいウィーンのキリスト誕生劇」というものがあり、内容をよく知らずに行ったのだが、あちらではクリスマス前にキリストがどのように誕生なさったか、のような劇をこの時期に見に行くという慣習があるそうである。
聖母マリアと出演者の男性とヨーゼフ
最新のホログラムのような技術が使用されていたり、時折笑いも起きていた。この演目からは、マリアやヨーゼフ、エリザベートなどや宗教への親しみを育てる、という目的も考えられた。このようなことも市民に音楽を日常に根付かせる一助に繋げようとしているのであろう。
ウィーン少年合唱団が今日のような絶大な知名度を誇るようになったのは、この組織のマーケティングの巧みさがまず第一にあるだろうが、観光政策や国策に組み込まれたりしていることも大きな理由と言えるだろう。また、それがオーストリア、特に首都ウィーンへの観光客の誘致やイメージの向上、「音楽の都の市民」となり得るための教育に大きな役割を担っているということも考えられる。