中国SV

マカオのカジノと香港の観光政策、日本のこれから

西田有里
人間文化課程 2年

はじめに

2016年12月26日、日本でIR推進法が施行された。現在、日本では違法とされているカジノが、この法案により合法となる(一定の条件を満たす限り)。カジノを含むIR(統合型リゾート)は雇用と利益を生む見込みで、観光や地域経済の再生に寄与すると期待されている。一方で、治安の悪化やギャンブル依存症患者の増加などが懸念される。

世界一のカジノ産業を誇るマカオを訪れて感じたことを踏まえて、日本のこれからについて考えたい。また、同日に足を運んだ香港についても、観光政策のあり方と現状に関して触れていきたい。

カジノを中心に回る経済〜マカオ

マカオの主要な産業はカジノである。2013年にはカジノ収入が過去最高を記録した。その額はラスベガスの7倍、世界一だ。GDP(国内総生産)の半分以上、政府の歳入の7〜8割がカジノ産業によるとされている。

私たちが中国とのボーダーを抜けると、カジノのチラシを持ったきらびやかな服装の女性たちがズラッと並ぶ。ターミナルはカジノ場行きのバスでごった返していた。ボーダーを抜けた瞬間、ここが「カジノの街」であることを実感した。市街地への足は主にこのカジノ行きのバスであるようで、ボーダーから出た人々の多くがこのバスに乗り込んでいた。

カジノ場行きのバスが沢山待機する

カジノ場行きのバスが沢山待機する

マカオのカジノの歴史は古い。清朝が広州を開放して広東貿易が盛んになると、マカオは交易をしに来た欧米人の休養地として利用されるようになり、カジノ産業が発達し始めた。

1999年の中国返還以前は、中国系シンジゲートSTDMの一社がカジノ産業を独占していた。返還後の2002年、一社独占による利権の不透明さを改善する狙いで、カジノの営業権が国際競売にかけられた。新たにアメリカ系の会社と香港系の会社がマカオでのカジノビジネスに参入することとなった。

STDMが運営するカジノリスボア

STDMが運営するカジノリスボア

マカオ政府は99年の返還を、カジノ経済からの脱却として捉えていたという。中国の珠海経済特区との経済的一体化による香港のような経済・貿易による地域づくりを目指していたのだ。しかし、このカジノ経営権の拡大はマカオカジノへの国際的な投資の増加を意味した。カジノを併設したホテルの建設ラッシュが始まり、観光客の数も倍増。開放以降、2013年までGDPは二桁成長を維持してきた。(リーマンショックの影響により成長が鈍化した2008,2009年を除く)

しかし、中国政府が行う倹約・反腐敗キャンペーンにより、高級官僚が逮捕されると、VIP客が減少した。そして、カジノにより潤ってきたマカオ経済に陰りが見え始めた。現在、GDPはマイナス成長に転じている。

ファミリー層を新たなターゲットとして事業を展開していく見込みであるが、私が現地へ足を運んだときに感じたことは、小さな子供を連れた家族はまだまだ少ないということだ。世界遺産など、カジノ以外の観光資源はあるものの、やはり街は見て回るには小さいように感じた。

IRとはカジノの他に、飲食店やショッピングモール、劇場などを備えた複合型リゾートの意である。しかし、やはり「カジノありき」であることは事実であろう。子供はカジノ場に入ることができない点を考慮し、家族層を取り込むためには、より周辺の観光スポットを充実させるべきであると感じた。また、私自身がそうであったように、香港に宿泊しマカオは日帰りというケースが多い。マカオ政府観光局の「マカオ・ツーリズム・データ・プラス」によると、2015年にマカオを訪れた観光客のうち、53.4%が日帰りであったとある。香港など、アクセスのよい他地域にもあるような劇場・ショッピングモールは「マカオを選ぶ意味」としては機能しないのではないかと考える。

政府主導の観光政策〜香港

アジアでは、マカオの他にもシンガポールや韓国、フィリピンなどでもカジノを楽しむことができる。SVでマカオを訪れ、目にした観光客のほとんどがアジア系であった。Government of Macao Special Administrative Region Statics and Census Service によると、2015年マカオを訪れた観光客の97.8%がアジア人とある。これを考えると、日本にカジノを作った場合、マカオを含むこれらの国と競合することになるだろう。他のアジア諸国と差別化を図るためには、やはりIRの充実だけではなく、日本ならではの観光の拡充を図らなくてはならない。

観光政策を推し進めることが、容易にはインバウンド増加につながらないことも考慮したい。このSVでマカオと同時に足を運んだ香港がよい例だ。2005年にオープンした香港ディズニーランドは、政府により誘致が行われた。開園にあたり、約半分を政府が出資している。また、2003年から続く、夜のショー「シンフォニー・オブ・ライツ」も政府が行うイベントである。協賛する企業のビルが、音楽に合わせてきらびやかに光る人気のショーだ。九龍半島の公園から、香港島を眺める形でショーを見るのが人気で、私も同様に観覧した。早くから場所を取りに大勢の人が集まり、様々な言語が飛び交っていたのが印象的だった。

シンフォニー・オブ・ライツ

シンフォニー・オブ・ライツ

様々な国から観光客が訪れている様子が伺え、一見観光で成功を収めているように思われた。しかし、香港の観光業は以前と比べて下火のままであるという。莫大な資金を投下してもなお、それが大きな起爆剤とはなっていないことを踏まえると、カジノを導入しない場合の日本の観光、そしてIRが含むリゾートのあり方について考えさせられる。

まとめに代えて

今回の訪問はIR法案が可決した日本に住む私にとってタイムリーなものであり、日本のこれからを考える良い機会になった。IRの是非など、まだまだ考えはまとまっていないが、今後の動向を見守りたい。

参考文献
  • 歴史教育者委員会編(1996)『シリーズ知っておきたい中国Ⅲ』青木書店