オーストリアSV

ウィーンの街を形作るダイバーシティ

大井隆也
小宮スタジオ 都市社会共生学科 2年

日本で “ウィーンの街の風景” と言われれば、やはり “歴史的建造物が立ち並ぶ美しい街” というような風景が取り上げられる。しかし、仮にも一国の首都として今でも多くの人々の生活の場になっている都市が、果たして歴史的な風景だけで成立するのだろうか。

そんな疑問を感じた私は、イメージとは異なるウィーンの様々な姿を求めて、フィールドワークを実施した。ここでは、そこで得られた歴史的な景観だけではないウィーンの風景を紹介しつつ、実際に訪れて感じたものをまとめていきたい。

歴史的な景観の広がる中心部にて

オーストリアSV2019:

この写真は、ウィーン市の中心部にあたる1区に位置し、シュテファン大聖堂へと続く道であるケルトナー通りで撮影したものだ。ウィーン市の中心部は、かつてウィーンが城壁に囲まれていた頃の旧市街地にあたる場所であり、歴史的建造物が数多く立ち並んでいる。また、ウィーン歴史地区として世界遺産にも登録されており、UNESCOによって43mという建造物の高さ制限を設けられるなど、歴史的景観の保護がなされている。

そんな中心部であるが、この写真をよく見ると建物の1階や2階部分がガラス張りの近代的なつくりになっているのが分かるだろう。こうして低い部分だけ改装することで現代的にアップデートしつつ、都市全体としては歴史的な景観を保っているのである。

このような、歴史的景観の保護と都市の発展という対立する命題の両立は、ウィーンの街にとって避けられない問題である。そうした問題に対して、世界遺産登録もされている中心部では既存の歴史的建造物をそのまま使い、新しくしたとしても先の例のような部分的な改装に留めることが多く、現代建築を目にすることはほとんどない。そのような中、ウィーンの景観保護に対して別の解釈をし、現代建築が建てられた例がケルトナー通りのすぐ近く、シュテファン大聖堂のすぐ目の前に存在する。それが、1990年に完成したハースハウスである。

オーストリアSV2019:

ウィーンの中心である1区ではまず見ることのない、大きなガラス張りの側壁が目立つ建造物。こんな現代的な建物があのシュテファン大聖堂のすぐ目の前にあるのだから驚きである。

これを設計したのはオーストリアの建築家であるハンス・ホラインだ。外見上の景観保護が絶対視されていたウィーンの中心部にこれを建てるにあたり、彼はウィーンの街を、様々な時代に作られた建物が異なる主張をしつつ全体で優れた調和を保ってきた場所だとした上で、その背景を踏まえて時代に合わせた表現にすることが、結果として全体の景観保護に繋がると主張した。すなわち、表面的な見掛けを周囲に合わせるのではなく、歴史的景観が形成されてきた精神的なコンテクストを継承することこそが、ウィーンにおける景観保護の在り方だということである。

この斬新な考え方は、景観保護を求める市民からの反発も多く、計画の是非についてテレビ討論会や市議会などで大論争が繰り広げられることになる。結果としてハースハウスはそんな反対を乗り越えて完成したわけだが、この事例からはウィーンの歴史的な景観が市民に幅広く愛されていること、そして一方でそうした歴史を活かしながらも現代の生活の場として発展の在り方を模索していくべきだという考えもあること、その2つのウィーンの精神的根幹を垣間見ることが出来る。

実際にハースハウスを訪れてみると、歴史的建造物に囲まれながらも思いのほか周囲と調和が取れているように思えた。周囲の景観をガラスに反射させる工夫や、シンプルな配色の外壁や周囲の建築物同様の四角いシンプルな窓などがそういった印象をもたらすのだろうか。それぞれの建物が異なる主張をしながらも全体として調和が取れている、その精神性はしっかりと引き継がれていると考えられる。

中心部を離れて

オーストリアSV2019:

先ほどの1区が歴史と調和する現代都市の在り方を模索していたのに対し、ドナウ川のそばに位置するドナウシティは高層ビルを中心とした非常に現代的な都市だ。主にオフィスビルや住宅、大規模な会議場などが建てられ、横には国連ウィーン支部が位置している。

通常ではこうした光景は都市の中心部で見られそうなものだが、ウィーンにおいては中心部では景観保護が必要なこと、そしてかつて城塞都市だったゆえに敷地的な余裕がないことから、こうした現代的な風景は中心部の周縁に形成されている。新たな街として一から開発されたドナウシティはその代表例であり、ウィーンが「今も生き続ける街」でもあることを証明する、歴史的なイメージの対極に位置する存在と言えるだろう。

とはいえ、ウィーンにおいてドナウシティほどの現代的な都市風景は他ではほとんど見られない。またドナウシティ自体もそこまで大きくはなく、歩いてすぐ回れる程度の広さである。その程度の広さでありながら、例えば近くのドナウタワーやウィーン北部のカーレンベルクの丘からウィーンの街を俯瞰した時、ドナウシティの目立ち方は凄まじいものがある。

おそらく、隣には広大な公園と大規模だが低層の団地という全く別の風景が広がっていること、そしてウィーンで他にこのような現代的なエリアが少なく、特に高層建築物がほとんどないこと あたりがその理由であろう。そんな異色の街が許容されているのは、ドナウ運河とアルテ・ドナウ川に挟まれた中洲のような場所に位置していて、在り方としても位置している場所としても他から離れて独立しているからなのかもしれない。

他にもいくつか郊外の地域を訪れたが、実際に歩いてみて興味深かったのは、雑多性とその調和を特徴とする中心部とは異なり、郊外は、エリアごとに独立した 個性があり、その中では同質性が目立つ一方、その集合としてもっと広い視点で多様性が存在するという点である。

たとえば、ウィーン市の北部に位置し高級住宅地として知られるグリンツィング (Grinzing) という街は、緑に溢れその中に広い一軒家が続くという同じような風景が広がっている。しかしながら、そこから丘を下ってハイリゲンシュタット (Heiligenstadt) の駅の方まで歩いて下っていくと、それまでの風景が急に途切れて雰囲気が様変わりするのである。その先は団地やアパートなど比較的高層の建造物が密集し、交通量も多い。そんな風景が再び広い範囲で続いていくのだ。高層ビルが林立するドナウシティもその場だけで言えば非常に同質的である一方、その存在は異質であり少し足を伸ばせば突然全く違う風景へと変わる。同じような印象を他の郊外の地域でも強く受けた。

まとめと今後の展望

今回のフィールドワークでは、ウィーンの街の様々な風景を実際に目で見て実感できたと同時に、写真を見るだけでは分からない、その根幹にある特徴や精神性を感じることができた。それは東京や横浜などの日本の街で感じるものとは別物であり、また先に述べたように同じウィーンの中でさえ違う場合もある。どこにその違いをもたらす要因があるのか、今後はそうした都市を形作るコンテクストについて、様々な視点から探っていきたいと考えている。


[ Summary ]

When speaking of Vienna, many Japanese imagine the historical cityscape. But actually, other kinds of landscapes such as modern or nature-rich ones can be seen in Vienna.

In the center of Vienna, many kinds of architectural styles coexist and are in harmony as a whole. “Haas House”, a very modern building despite existing in the center of Vienna, is a good example of what reflects such Vienna’s character.

On the other hand, as in the suburbs, each area has a strong originality. For example, Donau City is a quite modern area, and it stands out in Vienna very much in spite of its small size.

So, you may feel the suburbs are homogeneous, but different characters of various areas gather and shape the whole diversity of a city. I could feel such diversity of Vienna during this program.