ソウル市に広がる都市空間は、日本のそれとはまるで異なっていた。多彩なデザインのオフィスビル、隙間なく綺麗に並んだマンション、その手前には無数の戸建て住宅。都心の所々には山林が残存しており、傾斜の多さが印象的だった。現地でのレクチャーやフィールドワークを通じて、ソウルと日本の都市の違いは、異なった風土・社会環境・歴史背景・政策方針に起因していることがわかった。異国の都市の変遷史を辿ることで、日本の身近な都市を勉強するだけでは得られない知見が身に付いた。
“都市化”は産業や経済活動の集積と促進というメリットがある一方で、地価の上昇や交通渋滞、環境汚染など様々な問題を生じさせる。ソウル市もまた例外ではなく、2010年から本格的に都市再生事業が行われるようになったことを学んだ。
今回のレポートでは、まさに現在、都市の開発から再生へと転換をみせるソウル市の都市空間の現状と課題について、その歴史背景や社会環境と結び付けながら記述したいと思う。
ソウルタワーから見たソウル駅周辺の様子
ソウル市では3車線以上の道路が多く見られ、交通量も非常に多かった。タクシー(個人タクシーも多数)も多く走っていて、日本よりも車社会化が進んでいる印象を受けた。一方で、バスや地下鉄といった公共交通機関は非常に安価で利用できた。ただ路線数は日本と比較してもかなり少なく、都市人口に対しての供給量が少ないように感じた。
ソウル市には、近年多くのマンション団地が開発されている一方で、1990sまでに建設された戸建てやアパートが多く残存していた。その中には、屋根が破損している家、耐震・耐火基準を満たしていないものも多い。また、空き家も所々に見られた。マンション団地は供給量が追い付かず、開発が進められるのに対し、古い建物のリフォームや取り壊しは進んでいない現状。
駅前や産業拠点を中心とした局地的な開発が進んでいる。開発地域では急激な不動産価格の上昇や交通渋滞、未開発地域では治安の悪化や災害に対する脆弱性の低下といった問題が生じている。また、都市部での経済格差が広がりをみせていて、開発地域の周辺の地価上昇によって、昔から住んでいる低所得層の住人が郊外へと追い出される事態が起きている。
急速な開発によって多くの問題を抱えているソウル市の都市であるが、その背景には「昔からソウル市に住んでいる低所得層」が深く関係している。元々、ソウル市は衣服や鉄鋼の製造の中心であったが、1980s以降、IT産業が中心産業となり、従来の製造業の拠点はソウル市の郊外へと移された。しかしながら、郊外へと移ることが出来なかった中小工場などはソウル市中心部に留まり、現在では3,000を超える業態が残っている。従来の製造業を続ける層は、比較的に低所得者の割合が高い。そのため、都心部の開発が進むことによるジェントリフィケーションの加速によって、開発地域に住み続けることが出来ず、都心内部に「低所得層の密集した未開発地域」が形成されている。
この未開発地域では、大きく2つの課題がある。1つが古い建物が多く、災害への耐性が十分でない地域が多いこと。もう1つが、この地域を再開発したとしても、地価が上昇することによって元の住人は戻ってくることが出来ない。そのため、開発になかなか着手することが出来ない現状にあることである。
これらの課題を即時解決するには、この地域の住人が移動することのできる住宅団地をつくることが必要であるが、現状としてマンション供給が足りていないことや、市内の不動産価格が急上昇していることを踏まえると難しい。そのため、現在のソウル市では公的機関が介入しながら、未開発地域の再生事業を進めている。
古い家屋が密集する未開発地域では、行政からの資金によって運営されている「都市再生支援センター」が中心となって再生事業を進めている。主な仕事としては、住民と行政を仲介し、意見交換の橋渡しをする役割を担ったり、地域が自立的かつ持続的に維持されていくために、自治意識を高め、地域を内発的に活性化させていくことである。
再生事業の例としては、空き家に商店を誘致したり、地域に住人が共同利用できる空間を作り、コミュニティを強化する場の形成がある。既存の財を生かしたリノベーションは、経済コストの削減と歴史的町並みの保存という観点から、非常に良い政策だと思った。しかしながら、実際に現地を訪れてみると、これらが地域に根付いている印象があまり感じられなかった。都市再生センターの介入によって改善へと動き出してはいるものの、住人の自治意識の向上なしには解決の難しい問題に感じた。
都市再生センターのリノベーション事業。古い建物を買収して、都市再生の事業所を設置した例
現在のソウル市の抱える問題は、ソウル市の産業・歴史・社会環境が複雑に絡み合っている。日本の都市が抱える課題と似ているようで違っていて、その結果として都市空間が異なるものになっているのだとわかった。今回のSVで、ソウル市の都市史と課題を勉強したことは、今後に日本の都市や街づくりを考える上でも非常に役に立つ経験になったと思う。