台湾は、1895年の清朝と日本での下関条約締結から、1945年の「ポツダム宣言」で中国に返還されるまでの間、日本の植民地支配を受けた。その間台湾では、日本語を「国語」とする教育が実施され、日本語話者が多数を占めた。戦後の反日活動により日本語教育は一度空白に近い状態まで衰退した。しかし日本の経済成長を経て、台日間での経済活動や文化教育交流が活発化した。台湾政府も日本語教育を推進するようになり、日本語を学び始める者が増え、大学でも日本語学科の創設が急増していったi。2015年の国際交流基金による日本語教育に関する調査では、近年、台湾では英語に次いで学習者の多い外国語が日本語だそうだii。台湾の日本語学習者は、なぜ数ある言語の中からあえて日本語を選択したのだろう。台湾における日本語教育事情に関する調査は、独立行政法人国際交流基金や公益財団法人日本台湾交流協会が隔年で行っており、また日本語学習者のニーズについて調査した先行研究もあったが、どういった経緯で日本語を学び始めたのか「きっかけ」について詳細に調べられた研究は無かった。そこで台湾の日本語学習者の中でも、特に専門的に日本語を学んでいる大学の日本語学科生に焦点を当て、日本語学習に至るきっかけや実際の学習方法を学生へのアンケート調査を中心に紐解いていく。
2019年9月12日(木)午前に高雄市三民区にある文藻外語大学日本語学科、同年9月16日(月)午後に新北市淡水区の淡江大学日本語文学科でそれぞれ所要時間20分程度のアンケート用紙を用いて調査を行った。
文藻外語大学は1966年に設立された台湾唯一の外国語大学である。英語、日本語、フランス語、ドイツ語などの言語学部以外に、中国語教育学部、国際関係学などの学部がある。実用的な外国語スキルを身につけることに重点をおいた教育方針をとっており、外国語学部や翻訳専科を卒業した学生は、専門知識を生かして様々な分野で活躍しているiii。
淡江大学は張鳴・張建邦父子が1950年創立した「淡江英語専科学校」が母体である。その後1958年には「文理学院」となり、1980年に淡江大学となったiv。同大の外国語文学部には日本語学科がある。1992年に設立された外国語文学部は、語学訓練、文学、翻訳・通訳等の授業の充実をカリキュラムの特色とし、各方面で活躍する人材を育成しているv。
文藻外語大学23名、淡江大学12名の計35名からアンケートを回収した。調査結果は質問項目毎に以下の通りとなった。
(図1)日本語習得のプロセス
(図2)日本語習得のプロセス(きっかけが文化芸術の者)
(図3)日本語習得のプロセス(きっかけが文化芸術以外の者)
日本語を本格的に学び始めたきっかけが、日本のアニメやドラマなど、文化芸術の者が大半であったが、それ以外の理由を挙げていた者も一定数いた。文化芸術がきっかけの者は、「聞く→読む→書く→話す」の順に日本語を学んでいるのに対し、文化芸術以外をきっかけとした者は、「聞く→話す→読む→書く」の順が若干多かった。前者は、漫画を読む、日本語の歌詞を読んで意味を覚えるなどで「読む」機会があった一方、後者は、高校の時に出会った日本人の影響など日本人と「話す」機会が多かったと考えられる。
大学の授業では文藻外語大学、淡江大学共に、文法、単語、会話が多く、基本的には講義形式であるようだ。そのため、日本語学科の学生は、授業時間以外に、独自の自主学習法で各々の苦手分野の克服に努めているようだ。文化芸術がきっかけの者は28名中26名が、「ドラマを見てフレーズを学ぶ」等の文化芸術を利用した自主学習を行なっていた。また、文化芸術以外をきっかけとした者7名中6名が、自主学習でも、「日本の友達と会話しながら日本語能力を高めている」等の文化芸術を利用しない学習方法を答えた。日本語を学び始めたきっかけと自主学習方法が異なった者は3名のみであった。
苦手意識を持っている分野については、きっかけと自主学習が文化芸術関連であった者は、会話を苦手とする人が多く、きっかけと自主学習ともに文化芸術以外を答えた者は語彙、文法、敬語等それぞれ異なる分野に不足を感じていた。苦手分野と自主学習方法との間に関係性が生まれる理由としては、苦手分野が会話のため、自主学習では日本の文化芸術を利用してフレーズを学び会話を強化している場合と、文化芸術に触れていると、日々新しいフレーズに直面するため、会話に不足を感じやすくなる場合との2パターンが考えられる。
一連の結果から、日本語を本格的に学び始めたきっかけが、日本の文化芸術か否かが、日本語の学習プロセス、自主学習方法、苦手意識を持っている分野に影響を与えていることがわかった。
今回のアンケート調査により、日本語を学び始めたきっかけが、日本の文化芸術、特にサブカルチャーである者が多数を占めること、またそのきっかけが、その後の日本語習得に大きく影響していることがわかった。このことから、今後の展望として、日本語学習者のアニメやドラマなどサブカルチャーを活用した言語習得法を補助するには何が必要か、日本語学習者はどのようにキャリア形成をしていくのか等深めたい。
i 徐興慶「台湾における日本語教育の現状と問題点」『外国語教育』25、1999年。
ii 独立行政法人国際交流基金『2015年度海外日本語教育機関調査結果』
https://www.jpfbj.cn/sys/wp-content/uploads/2016/11/2015_jieguoshuoming.pdf (2019年12月28日閲覧)
iii 台湾留学ナビ「文藻外語大学」https://www.taiwan-navi.jp/university/program_bunsou.html (2019年11月29日閲覧)
iv 淡江大学「小史(日本語)」http://foreign.tku.edu.tw/lang/j/about/history.asp (2019年6月20日閲覧)
v 淡江大学「学部紹介(日本語)」http://foreign.tku.edu.tw/lang/j/about/study.asp (2019年6月20日閲覧)