ウィーン大学前のクリスマスマーケットの入り口に設置されていたロゴマーク入りの看板。ウィーン市が作成。
実際にウィーンの街中のクリスマスマーケットを10以上訪れると、数々の発見があった。予想していた通り、ウィーン市がパンフレットを作成したり、派手な電飾を施したり、ロゴマークを作って分かりやすくアピールしていたりする場面も見られた。また、ウィーンのお土産物を売る出店も少しながら見られたし、記念撮影用のフォトブースが設置されている場所もあり、これらのマーケットは確かに観光客の存在も視野に入れていることが分かった。トイレが設置されているマーケットもあり、英語の表記も少しではあるが見つけることが出来た。
しかしながら、先述したような観光地として推されているマーケットの方が少数派であり、訪れている人も観光客より圧倒的に地元の人たちの方が多かったのがとても意外な点だった。
というのも、こうしたクリスマスマーケットは、中世の頃に厳しい冬に備えるためのものや、クリスマスを祝うためのものを買いそろえるための市だったからである。そのため人が多く集まる宮殿や広場などに市ができ、現代では観光地となったこうした場所に付随してマーケットが存在している格好である。
このような成り立ちを背景としているため、マーケットは「訪れる目的」なのではなく、あくまで「ついでの存在」であるということがよく分かった。また、地元の人で賑わっていたことから、市民の憩いの場や子供の遊び場としての役割を果たしており、地元の人にとっても魅力的な場所であるようだった。
ウィーン大学前のクリスマスマーケットにあった、アイスリンク。子供の遊び場となっている。
ウィーンの中心地から電車で30分ほどのところにあるメガストアで見つけた値下げ品。クリスマスと結びつけたディスプレイがされている。
クリスマスを商戦のひとつとして扱っているのはクリスマスマーケットだけではない。ウィーンの中心地と、そこから電車で30分ほど行ったところにある2つのメガストアに足を運び、どういったクリスマス商戦がなされているのか調査した。
こうしたメガストアで発見できたのは、「クリスマスと結びつけてものを売ろう」とするが故の滅茶苦茶さだった。ただの値下げ品にもクリスマスプレゼントを意識させるような値札が付いていたり、屋内の吹き抜けスペースにマーケットのような出店を並べていたりして、無理矢理にクリスマスと結びつけている販売戦略が明確に打ち出されていた。
ただし実際のところ、たとえば子供へのクリスマスプレゼントはこういったメガストアで購入されることが充分予想できる。最新のおもちゃや洋服は、クリスマスマーケットでは手に入らないからだ。中世の頃クリスマスマーケットが果たしていた役割は、こうしたメガストアによってとってかわられた側面もある。
では現在、クリスマスマーケットが果たしている役割とはどんなものだろうか。
上の問いに対する答えのヒントは、マーケットとメガストアの両方に出店していたチョコレート屋から見つけることが出来た。メガストアの店舗では見られた、光沢紙やリボン、凝ったラッピングのものはマーケットの出店では見られなかったのである。
こうした違いから、マーケットでは昔ながらの手作り感や、地元の生活感を大切にしているのではないかと考えることができる。マーケットを訪れること自体が、そこに来ている地元の人やその生活と触れ合うことが出来る貴重な機会となっているのだ。
宮殿や美術館といった観光客で溢れかえる観光地を訪れるだけでは触れることの出来ない、現地の実際の生活や雰囲気を提供するものとして、クリスマスマーケットは重要な役割を果たしている。こうした役割が実現されているのは、先述したようにマーケットが地元の人にとっても魅力的な場所であるからであり、地元の人が集まる場所に観光客もうまく溶け込めているからである。観光をしつつ地元の生活を手軽に味わえるというのは、日本には現在なかなかない観光資源であり、日本の物見遊山的な観光ツアーとは大きく異なるウィーンの特徴である。こうした特徴が、芸術や歴史だけでなく、現地の文化や生活を直に体験することを可能にしており、ウィーンをより魅力的な街にしているのである。
ウィーンの戦略を調査することで、現在の日本の観光に足りないものは何なのか、という問いの答えをひとつ発見することが出来たと思う。それはただ観光地を推していくだけでなく、現地でしか体験できない実際の生活に触れるきっかけを提供することである。今回のSVを通して、日本にはない観光のあり方に気付くことが出来た。