オーストリアSV

ウィーンの改札と交通のありかた

千駄榛菜
人間文化課程 3年

はじめに

今回ウィーンSVでの調査テーマを、「ウィーンはなぜこんなに公共交通が発達しているのか?」とした。
私は今、ゼミで日本人のナワバリ意識についての研究をしている。このSVを通して、オーストリア人の縄張り意識が都市交通の有り様を通して観察できるのではないかと思ったのでこのようなテーマを設定した。
この報告書ではその調査テーマの中でも特に面白いと思った、改札と交通のありかたについてご紹介したい。

改札観を覆す改札口

ウィーンに渡航してはじめて電車に乗る際、ある光景に私は強烈な違和感を覚えた。それは、地下鉄の入り口だった。
首都圏の駅の入り口を思い浮かべてみよう。日本の駅の入り口には必ずといっていいほど改札があり、(人が立っていることもあるが大体は)大掛かりな機械が設置してある。そこにICカードなり切符なりを入れることで、利用者が駅内に入れることはご存知の通りだろう。
この駅の中と外が明確に分断されている光景が当たり前の日本人にとって、ウィーンの駅の入り口はきわめて異様なものだった。

オーストリアSV2015:Hauptbanhof駅の改札口

Hauptbanhof駅の改札口。路線によってそれぞれ色が割り当てられており、入口のバーはその色で染められていることが多い。

写真がそのウィーンの駅の入り口である。小さな箱の乗ったバーのようなものが並んでいるが、これがウィーンの改札である。一見すると公園の入り口かのような印象を受けるが、この奥にはすぐ階段があり、その階段を下るともうそこはホームである。物理的区切りはこうしてあるものの、行き来自体は完全に自由で、日本人の改札観を覆す改札口がそこにはある。

開放的な改札口

オーストリアSV2015:真ん中の小さい箱に切符や不足賃などを入れる

ここで降りる客は真ん中の小さい箱に切符や不足賃などを入れる。

とはいえ、この改札の形態自体はそう特異なものでもない。気が付いた方もおられるかもしれない、日本にもこれに似た形態の改札口があるからだ。無人駅改札など鉄道利用者の少ない地域でよく見られる、次のような改札口だ。

写真はJR七尾線の和倉温泉駅である。ただし日中は30分に一本程度しか列車が来ない。
いっぽうウィーンは、利用者が大変多い主要駅でも変わらずこのように開放的であり、たくさんの人がこのバーをすりぬけて電車を利用している。
改札口がこれほどまでに開放的とはいえ、ウィーンの鉄道を利用する際には、日本と同じく切符が必要なことは変わりない。改札口のバーの上にある小さな箱は刻印機で、切符を買った利用者はそこで利用日時を刻印してから電車に乗るようになっている。時々車内で切符確認の係員が回ってくるものの、そこで提示する以外に切符を見せたりする機会はほとんどない。

ショッピングモールの中に駅のホームがある国鉄の駅

それでも地下鉄の駅には、境界を示す公園のようなバーが立っていたり、地下を通ることもあってか他のものと離れたところにあったりして(行き来自由ではあるが)、一応外の空間との物理的区切りがされている。
しかし、地下鉄よりも顕著にナワバリフリーなのが、オーストリア国鉄OEBBの駅。幾つか大きい駅に行ったが、改札口どころか、駅と書いてあるビルのような建物に入ったらもう次の扉はホーム、という事も少なくなかった。特にHauptbanhof(中央駅)・Westbanhof(西駅)は、よりどりみどりのショッピングモールの中にいきなりホームへ続く階段がある。もちろん階段の手前に切符販売やインフォメーションセンターは存在するものの、それでも店が並ぶ中いきなりホームがある違和感はぬぐえない。

オーストリアSV2015:駅建物の中

駅建物の中には飲食店から本屋・服飾店・雑貨屋などありとあらゆるお店が連なる。
まさにショッピングセンター

ここに停まる電車はウィーン市内のみの電車ならず国際鉄道などもあり、ここにこそ改札なくて大丈夫なのか?と思わされた。こんなにも駅の外と内の境界線がないと、買い物ついでにそのまま階段を上って、そのまま開いた扉から電車に乗ってしまえば国境を越えてミュンヘンやプラハまで行けてしまう気軽ささえ感じてしまう。極論な例えかもしれないが。

ウィーンの交通は「バリアフリー」

このように現地で交通を実際に利用してみてはじめてわかったことは、ウィーンではナワバリ、というか交通に対するバリアが、(物理的にも心理的にも)日本より非常に少ないことである。日本では、交通を利用する上で「電車に乗る」「バスに乗る」とそれぞれ壁があって、その壁をいちいちすり抜けているイメージだが、ウィーンの交通はその障壁がより薄い。
これについては、改札など境界のあるなしだけが原因ではないと私は考察する。
ウィーンでは、鉄道のみならず路線バスやトラムに乗っていても、その交通のバリアフリー感を強く感じた。街自体がコンパクトであり停留所同士が近いという理由もあるが、地下鉄・路線バス・トラムはほとんど動く歩道のような感覚で使っている人が多いように感じられる。地下鉄は日中ダイヤが決まっておらず数分間隔で動いていて、まさに来た電車に乗るといった気軽さであるし、街のマップにはトラムと路線バスの行路・停留所が全て示されており、交通が街の一部としてより馴染んでいる。
逆に遠い所(外国や郊外など)に行くならOEBBやバーデンバイウイーン(長距離トラム)を利用するなど、交通を使う趣旨や距離によって使い分けがされていた。

おわりに

そもそも日本とウィーンでは、街における交通のありかたが違う。
日本は駅を中心に街が作られていくことがほとんどだが、ウィーンの場合、街の中心はあくまでも円形道路(リング)であり、ずっとリングを中心にしてまわりに街が出来てきている。交通はその周りや隙間をぬって整備されており、そもそも歴史的な点から両者の違いは始まっていた。
ウィーンと言えばクラシックや建築、カフェ文化というイメージだが、少し視点を変えて交通に目を向けてみても、日本とこのような違いがあることがわかる。普段日本に生きていると日本の光景が当たり前のように思えるが、その光景は実は世界から見たら異様なのかもしれない。自分の視野が広がった事を実感したオーストリアSVだった。