私は、韓国の世宗大学校から日本語を学びに来た留学生のチューターをしている。彼らは、なぜ日本に留学して来たのか。その多くが「日本語を習得して、就職や将来の仕事に生かしたいから」と考えているようだ。しかし、日本と韓国では、就職活動の仕組みや企業採用の選考方法が異なり、実現は簡単ではないと聞いた。その点に関心を持ち、「企業の採用活動に関する日韓の違い」について比較調査を行った。
昨年9月の韓国訪問の機会を活かし、ソウルに拠点を置く日系企業3社、韓国企業1社を訪問し、企業幹部にインタビューを行った。また、事前・事後学習として、日本企業1社、横浜国立大学就職支援課のキャリア・アドバイザーにも同様の視点でインタビューを行った。それを通じ、特に日韓で違いが顕著に見られた「採用時の年齢」「海外留学体験への評価」の2点について、以下に詳述する。
まず、社会的背景として、韓国には兵役制度がある。19〜29才の男子は、約2年間、軍隊に入隊する。大学進学中に休学して兵役義務を終了するのが一般的とされる。また、韓国では、大学新卒の就職率が半数程度にとどまり、就職留年なども珍しくない。
韓国では新入社員を採用する場合、男性であれば「兵役が終わってから就職する」のが一般的なようだ。半導体装置設置やメンテナンスを手掛ける日系企業「Canon Semiconductor Engineering Korea」の中島卓実社長は「採用条件の1つに兵役を終えていることを挙げている。終わってないと仕事に影響があるためだ。そのため、採用に年齢制限は設けていない」と語る。また、一般的に就職する男性の多くが兵役済みで、「軍隊内では入隊順に上下関係が決まるため、韓国企業でも、年齢ではなく入社年次で上下関係が決まる」と韓国のある銀行幹部は明かす。
一方、日本では、大学新卒採用が一般的で、通常、22歳―23歳で採用される。「浪人や留年以外で新卒が遅れるケースはほとんどない」と横国大のキャリア・アドバイザーは指摘する。ある日本の銀行幹部は「終身雇用がいまだ根強い日本では、長く働いてほしいため、できるだけ若く入社してほしい」と内情を明かした。
韓国では、世宗大学校の学生のように、海外留学に積極的だ。韓国のある銀行幹部は「韓国には『若者は海外へ出ろ』という社会的風潮がある」と指摘する。また、ソウルの日系企業では、社内公用語が、韓国語ではない外国語であることが少なくない。そのため、海外留学で現地の言語を習得することが推奨される。ソウルに拠点を置く商社「韓国丸紅」では「社内公用語が日本語なので、日本語ができることが基本」という。駐ソウルの日系銀行幹部も「社会公用語は英語。だが、日本語もできるとなお良い」と明かした。
しかし、一般に多くの日本企業では、留学経験は、採用の選考過程で単なる一要素に過ぎないようだ。日本企業の場合、学生時代の学びを会社で生かすというよりも、入社後の社内教育を重視することが多い。よって、海外留学の経験が直接、採用に直結することは少ないようだ。横国大のキャリア・アドバイザーは「留学に行っただけではなく、何を得て、どんな成長をしたかを明確に話せることが採用のカギ」と指摘する。
韓国の学生は、就職の際、財閥企業を希望するケースが多いそうだ。現在、韓国経済は、財閥が支配しているといっても過言ではないという背景がある。新聞報道によると、サムスンなどの主な10大財閥が、韓国企業全体の利益の4割を占め、売上高が韓国の国内総生産(GDP)の8割余りを占めるという統計もある。また、韓国で最大級の「サムスングループ」の採用公募には、年間17万人が応募するそうだ。だが、ソウル大学、高麗大学、延世大学という名門3大学、「通称SKY」出身の学生が採用されやすいのが実態という。
今回の調査で、日韓企業の採用方法をめぐり明らかな相違点が垣間見えた。採用時の年齢については、日本企業の捉え方が厳しく、韓国企業のほうが兵役などの理由で寛容な考えをもつ場合が多かった。また海外留学について、日本企業は一般に、採用の一要素程度と考えているが、韓国企業は一般に、海外留学を評価し、言語などのスキルを仕事に生かしてほしいと考えることが浮き彫りになった。
今回の調査を通じ、「財閥企業以外にも、さまざまな能力を持った人材を求めている企業がある」ということに改めて気付いた。世宗大学生のような韓国人留学生にとって、ソウルを拠点とする日系企業で活躍することも1つの選択肢になるのではないかと思えた。そうした日系企業の採用時、日本への留学経験がアピールできるだろう。韓国の学生の間では、財閥人気が高いと言われているが、留学経験を活かせる日系企業も含めれば、より広い視野で未来を切り開いていけるのではないかと考える。
今回、韓国での企業訪問の仲介をしてくださった小林直人氏(後列中央)への表敬訪問