ウィーン観光の醍醐味といえば、やはりその街並みの美しさでしょう。まるで中世の都市をそのまま切り取ったような街並みにあこがれる人も多いはずです。今回はウィーンの都市景観についてお話ししましょう。
グラーベン通り
ウィーンの第1区には右の写真のような街並みが広がっています。1区はウィーンの中心部で、最も古い地区になります。その歴史はローマ時代まで遡ることができ、現在は中世から近現代に至るまで、様々な歴史的建造物を見ることができます。世界広しといえども、ここウィーンのように、ロマネスクからゴシック、バロック様式の建造物まで一度に見ることのできる都市はそう多くはないでしょう。また、このウィーン歴史地区は世界遺産にも登録されています。
日本にも、その景観の美しさや歴史的価値が高く評価されている町はあります。しかし、ウィーンほど大規模ではありませんし、その多くは観光地に限られ、多くは近代化に伴い失われてしまいました。では、なぜウィーンでは歴史的町並みが、今もこれほど多く残っているのでしょう?
記念物の印 ウィーン各地で見られる
答えはオーストリア政府の政策にあります。ウィーンでは1850年に時の皇帝、フランツ=ヨーゼフがオーストリアで最初の歴史的建造物保護の手目の組織を設立してから今日まで、ずっと建造物を保護する活動が続いています。今日では歴史的建造物の保護だけでなく、近代建築や技術系の建造物の保護、さらに国内の芸術品の保護にまで尽力しています。その中でも、都市景観の保護という点で最も注目すべきなのは「アンサンブル法」です。これは建造物を群として扱う概念で、街並み自体を文化財として保護しようという法律です。例えば、ある建物を取り壊したとすると、次の建物は前の建物と同じ階層、同じ色、同じ装飾にしなければいけません。また、オーストリアにも日本の「文化財」と似た、「記念物」という概念があります。この記念物は、「人類が創作した、歴史的、芸術的、芸術的、あるいは特別な文化的意義を持つ、不動産もしくは動産」であり、「それを保存することが公共の利益に資するもの」と定義されています。この記念物の制定もかなりトップダウン的で、記念物の指定に所有者の了承は必要ありません。ウィーンのこのような政策は、かなり一方的で強引だと感じるかもしれません。しかし、こうした厳しい法律と市民の理解によってウィーンの景観は守られているといっていいでしょう。
ここまで読むと、「ウィーンは重苦しい都市なのでは?」と勘違いしてしまいそうですが、実はウィーンは現代美術・建築の盛んな都市でもあるのです。その動きは19世紀末に誕生した「世紀末ウィーン派」から始まり、現在も様々なアーティストが活躍しています。近年では「フンデルトヴァッサーハウス」が一番有名でしょうか?歴史的趣のある街中に突如出現するこの奇抜な建物、実はウィーンの市営住宅です。日本では考えられない発想です。芸術に理解のあるウィーンならではといったところでしょうか。こうした「ガス抜き」も、ウィーンの景観維持の秘訣かもしれません。
第1区内のスターバックス
現代の暮らしと歴史的景観の間をみることができる、というのもウィーンの魅力の一つです。ウィーンにも、マクドナルドやスターバックスなど、日本でおなじみのお店が進出していますが、ウィーンの歴史的景観に合うよう、外見に工夫がなされています。建物の外見はどれも歴史あるものですが、中はきれいに改装し、現代の生活にも対応しているものがほとんどです。
美しいウィーンにも、様々な顔があります。近年開発の進むドナウシティは、ウィーン中心部とは打って変わって、近代的な高層ビルの立ち並ぶ街です。ここは国連関係の施設などのある国際都市で、ウィーン中心だけでは賄いきれない様々な政治的・経済的機能を担っています。また、観光客の少ないドナウ運河沿いなどは景観の規制もゆるくなり、1区では禁止されている巨大広告や、近代的な建物、落書きを見ることができます。もっとウィーンから離れると、もう古都の景観の影もありません。日本の郊外と何ら変わらない景色が続きます。
ドナウ運河の落書き
今回実際にウィーンを訪れて、文献やガイドブックでは知ることのできないウィーンの一面を知ることができました。特にリングという城壁の跡を一周し、景観の変化を調べるのはとても興味深い経験でした。オペラ座や美術館などが密集する地域は歴史的景観が続き、当然ながら景観を損なうようなものは見当りません。しかし、少し観光地からそれると、とたんに乱雑とした雰囲気になります。しかし、だからこそウィーン旧市街の景観の完成度に驚かされました。ウィーン全体の景観の感想として、「見せるべきところ」と「見せなくてよいところ」の区別が明確であったように感じます。そしてその「見せるべき」景観づくりを徹底しているからこそ、ウィーンの美しい景観が強く印象付けられるのです。日本のも確かに美しい景観はあります。しかし、美しい建造物の背後に大きな広告が見えたり、歴史的町並みに突如コンビニや駐車場が現れたりと、個々の保存は上手くいっていても景観そのものの保存は、ウィーンに比べるとまだまだ甘いでしょう。失ってしまった景観は取り戻すことができません。再現することができたとしても、何百年物歴史の末に造られた景観とは別物なのです。別に近代の景観を批判しているわけではありません。しかし、残すべきものはしっかりと守っていくべきでしょう。そのためにも、ヨーロッパの都市景観に対する意識の強さを見習うべき部分もあるかもしれません。
写真撮影:栗山