アメリカSV

アメリカと歴史学からみる現代日本

清田星名/根岸愛実

サンフランシスコで歴史を学ぶ

アメリカ・サンフランシスコといえば、一般にどんな街を思い浮かべるだろうか。

アメリカ西海岸を代表する世界都市であるサンフランシスコは日本人にもなじみの深い著名な観光地でもあり、一年を通して過ごしやすい気候であることからも人気が高い。ゴールデンゲートブリッジやアラモスクエアなどをTVで見たことのある人も多いだろう。そんなサンフランシスコを観光客とは別の視点から見つめることで単なる旅行記では得られない面白さを知ることができる。

例えば、サンフランシスコの街並みの特徴の一つである数々のビクトリアンハウスに注目してみよう。日本では見られないこの美しい建築は19世紀のイギリスで流行し、産業革命期の「富の象徴」として今なおサンフランシスコでは高級住宅地を中心に人気が高い。ではなぜ独立戦争後のアメリカで、「イギリス文化」が富の象徴となりえるのだろうか。サンフランシスコはいくつもの移民コミュニティが共存する都市であるため、地域ごとに街並みの変化があるが、その中で、特に富裕層が「イギリス」というアイデンティティを身に着けようとしたのは何故なのか。何気ない観光地の風景からもそこに暮らす人々の歴史、文化に思いをはせることができる。

かつて日本とアメリカは戦争していた

「戦後」という視点から現代日本を考え直してみる。

それが今回私たちに与えられた課題であり、グローバルスタディツアーの一環としてサンフランシスコ・サンタクルーズを訪れ、取材を通して考える上で軸としてきたことだった。

現在の第2次安倍政権に限らず、近年の隣国との緊張関係に対して、アメリカとの対応も含めた厳しい舵取りがこれまで日本政府に求められてきた。こうした事態に対して、特に私たち「若者」はその投票率の低さからも選挙時には多々問題視され、政治への無関心が一層顕著な世代であることは間違いないだろう。「平和」を空気のように受容し、「繁栄」を当然のことのように享受する「若者」にとって、歴史を常に多面的にとらえ、現代の諸問題に引き付けるという作業には難しさがつきまとう。だからこそ、歴史学を学ぶスタジオ生としてアメリカへのSV(Short Visit)を経験する中で、日本を外から見つめ直し、「平和」とは、「繁栄」とは何かと考える意義は大きいだろう。例えば、レポートの材料となったサンフランシスコのジャパンタウンやチャイナタウンには、移民排斥の対象として追いやられてきた歴史があり、日本のコリアンタウンに通じるものがあるかもしれない。また、LGBTのコミュニティであるカストロを考える際には、戦後アメリカの黒人公民権運動を始まりとした、マイノリティ運動の権利獲得の歴史があり、戦後憲法のもとで運動抜きに「権利を与えられているはず」の私たちの社会を見つめ直すきっかけにもなるだろう。次に、より私たちの社会の問題に引き付けてSVの意義を振り返りたい。

移民、コミュニティを見てきた意義

「日本の人口「移民で1億人維持可能」 政府、本格議論へ」
http://www.asahi.com/articles/ASG2S5GVNG2SULFA01N.
(リンク先ページはすでに閉鎖)

政府は今年2月25日に少子化に伴う人口減少、労働力の減少に対して移民政策を視野に入れ始めた。一般に「単一性」が高いと言われている日本はこれまで難民・移民受け入れに対して消極的な政策をとってきたが、改善の兆しが見えない少子高齢化に対応する形で移民受け入れの是非が叫ばれるようになっている。安倍首相も、同13日に「国民的議論を経たうえで多様な角度から検討していく必要がある」と語るように、移民政策は社会の構造、あり方を変える非常に影響力のあるものとして私たち一人一人が考えるべき問題だ。「人種のるつぼ」とも言われるアメリカを、日本のような「単一民族国家」の移民政策の参考として挙げることは適切ではない面もあるが、肌の色も文化も違う「他者」が共存する都市としてサンフランシスコを知ることで得られるものは多いはずである。

政府の移民議論は典型的な「上」からの議論であり、想定される移民は主に低賃金、低コストで働かせることのできる途上国の人々である。こうした議論に欠けているのは、そこで語られる人々が一人一人違った価値観・文化を持ち、生活を営む個々の人間だという視点であろう。サンフランシスコには様々な国籍の移民たちが集まり、それぞれ独自のコミュニティを形成して、アメリカにいながらも自分たちの文化を変容させたり、維持し続けているが、政府が思い描く社会にそうした人々は想定されているのであろうか。他者が当たり前の国にはメリットとデメリットがあり、「多様性」の国の実体をしっかりと見つめることが重要だろう。また、政府が移民政策を掲げる一方で在日朝鮮人へのヘイトスピーチが過激さを増している。はたまたコミュニティの崩壊が叫ばれ、再生論が盛り上がる一方でそれを牽制する向きもある。混迷する日本の未来を考えるときに、異文化混交の象徴アメリカ・サンフランシスコを示唆に富んだ「先輩」として捉えることができるのではないだろうか。

今回の渡米にあたって、半期にわたるスタジオでの学習(近現代の消費文化史、米軍基地問題等)に取り組むことで、わずかではあるが、政治・社会問題を考える上での足場を持つことができた。このHPでは様々なコミュニティが共存するサンフランシスコを紹介するとともに、メンバーそれぞれが訪れた場所、団体について考えたレポートを掲載したい。

注釈
  • *1 グライド・チャーチ教会 プロテスタント系教会。日曜午前のミサに予約して参加。アメリカの教会の中でもリベラルな場所として知られ、音楽イベントのようなゴスペル礼拝、ケーキのオークションという形式での寄付などを見ることが出来た。
  • *2 ミッション地区 サンフランシスコ市南東部のヒスパニック系移民の集まる地域。多くの建物の壁にカラフルな絵が描かれ、アートの町としても知られている。ビジターセンターによる壁画紹介ツアーに参加。その後、自由行動で町を散策。
  • *3 ミッション・ドロレス教会 サンフランシスコでもっとも古い教会として知られる。1770年代、カリフォルニア州がスペイン領の時代に建てられたカトリック教会。UCSCの教授による解説・案内を受けつつ自由見学。
  • *4 クリッシーフィールド 元々軍の基地で、自然回復法(ミティゲーション法)に基づいて一定面積の自然を切り開く場合それと同程度の自然を別の場所に回復する試みで、基地のコンクリートを剥がし自然公園として開発された。公園の中には様々なワークショップが存在し、その利益の一部は公園の開発援助として使われることが認められており、購買者に一定の購買意欲を掻き立てる仕組みがなされている。
  • *5 ジャパンタウン パシフィックハイツの南に位置するジャパンタウン。1968年の開設以来、ベイエリア周辺にすむ日系人の文化的中心となっている。ジャパンタウンが主催する桜祭り、盆踊りなど四季折々のイベントは、地元の人々始め、観光客で大変の賑わいがある。五重の塔を中心に3ブロックからなるJapan Centerには、日本の本屋、CD屋、ビデオ屋、レストラン、日本のスーパーなど、日本のものなら何でも手に入る。
  • *6 コンテンポラリージューイッシュミュージアム ワールドトレードセンターの跡地で、フリーダムタワーの建設に携わったダニエル・ㇼベスキンド氏が、電力発電所をデザインしなおしてジューイッシュ現代美術館を建設した。展示物にはユダヤ人アーティストの作品や、ユダヤ人コミュニティキブツの歴史展示などが設営されている。
  • *7 キモチホーム サンフランシスコにある日系人高齢者を対象とした介護老人ホームであり、施設への送り迎えや健康的なエイジングケア、消費者教育セミナーなど多様なサービスが行われている。
  • *8 チャイナタウン  サンフランシスコの中心街であるユニオンスクエアの北部に位置するのが、全米でも有数の、中国系移民のコミュニティ、チャイナタウンである。高級住宅地であるノブヒルNob Hillや金融街であるオフィス街フィナンシャルディストリクトと隣接しながらも、途端に「中国的」な街並みが広がり、アメリカにいながらも「中国」を楽しむことができる。今回の訪問では単に街並みを眺めるだけではなく、中国歴史協会の見学、アジア系移民を法律面からサポートしていているAsian Americans Advancing Justiceのサンフランシスコ支部であるAsian Law Caucusへのインタビューを通して、歴史性を持った移民コミュニティの多層性と、勝ち取ってきたもの、そして今日的な課題を学ぶことができた。
  • *9 パシフィックハイツ  サンフランシスコは町全体として、日本ではなじみのないビクトリアン様式の建物が多いが、その中でもひときわ綺麗なビクトリアンハウスが並ぶのが、高級住宅地パシフィックハイツである。19世紀に上流階級の人々が暮らした建物が今も残り、さらに現代の富豪たちのより個性的な豪邸によって、上流コミュニティが見事に形成されている。
  • *10 ヘイトアシュベリー  広大な敷地のゴールデン・ゲート・パークの東にはパシフィックハイツとは対照的なコミュニティであるヘイトアシュベリーがある。ここは1960年代のヒッピー文化発祥の地ともいわれ、楽器店や水煙草を売る店、若者向けのファッションを扱う店などが並んでいる。中流階級以上が「スタンダード」として消費してきた文化を拒否し、独自の消費文化、生活形態を求めたヒッピーの面影を感じ取ることができる。
  • *11 カストロ サンフランシスコを代表するコミュニティとも言っていいカストロ (Castro) は、セクシャルマイノリティであるLGBT (Lesbian, Gay, Bisexual, Transgendar) のコミュニティである。コミュニティはカストロストリートを中心に展開され、レインボーフラッグがそこかしこにたなびく特徴的な街並みを見ることができる。私たちはセクシャルマイノリティについて学んできたわけではないが、映画『ミルク』を通して彼らがおかれてきた状況を理解するとともに、ガイドをお願いしたキャシーの話を聞くことで、LGBTコミュニティについての理解を深めることができた。『ミルク』は、ゲイであることをカミングアウトしながらも、1977年サンフランシスコ市の市会議員に当選したハーヴェイ・ミルクをショーン・ペンが熱演した映画であり、1978年に暗殺されるまでのLGBT運動の歴史を知ることができる。カストロでは映画の場面場面で使われた場所を実際に訪れることができる。