サンフランシスコは、人々の階層ごとに住み分けられているような街のつくりが印象的であった。最貧困層地区のテンダーロイン、そして富裕層地区の高級住宅街がパシフィックハイツ*9という大まかな認識を持って渡米した。地図で見るとこの2地区はもちろん、街並みの異なるあらゆる地区が山や川などで隔たれることなく隣接している点が不思議であった。パシフィックハイツは1906年のサンフランシスコ地震ののちに経済的に余裕のある人々、富裕層が邸宅を構えたエリアである。
実際に私はパシフィックハイツを訪れたのだが、特に境界も印もなく気付けば高級住宅街の中にいた。坂を上るほど家が大きくなっていき、丘の上には美しいヴィクトリアンハウスの大邸宅が立ち並んでいた。思い描いていた大きな庭付きのお屋敷というよりも、狭い地区に大きな建物が余裕もなく並んでおり、それぞれの邸宅の細かい建築デザインや色の塗り方などの個性を、見て楽しめる住宅街であった。完璧なセキュリティと家を囲む植物、おしゃれすぎて実用性のなさそうなテラス。それまでサンフランシスコ内で見てこなかった大きな邸宅に、違和感を感じず見栄えが素晴らしいのは、歩道も車道も広々としているため、また、きっちり整理されてきれいに家が並んでいるためである。建物同士は隙間なく並び密着しているが、信号も電線も一切なく道路がとても広いため、空気の流れすらゆったりと感じた。非常に閑静で大きな声を発するのが怖かった。丘の上にあり、急な勾配の下り坂から、遠く小さい街並みと海、そしてゴールデンゲートブリッジさえも見下ろす形に立っている。このように、下界を見下ろし美しい景色を支配することで、お金持ちの世界観を形成していた。
パシフィックハイツにおける人々の様子もまた、興味深かった。そもそも歩く人ほとんどいなく、たまにランニングをする人を見かけた。少し開けた景色のよい広場のようなところでは、ヨガマットを持った美しい人を数人見かけた。ここに住む人々の生活の様子は、パシフィックハイツを歩き進めた先にあるフィルモアストリートでも伺うことができた。富裕層の住居があるパシフィックハイツに対し、フィルモアストリートとは彼らのショッピングエリアである。ここには、人気ブランドの小さなショップや、必ずと言っていいほどテラス席のついた素敵な雰囲気のカフェが軒を連ねている。
ヘイトアシュベリー
我々がパシフィックハイツに来る直前に訪れていたのが、ヒッピーのまち、ヘイトアシュベリー*10である。まず人々の様子としては、ヘイトアシュベリーには、狭い歩道のわきで食べものやお金を求めて立っている人が絶えなかった。靴を履いていない女の人の姿が印象的であった。この女の人も、地面に座り込んでいる人も、決してホームレスなのではなく、その姿がヘイトアシュベリーに住んでいる彼らの自己表現であり、特徴であるのだろう。そんな彼らの精一杯生きている姿が私たちの目に映った一方、パシフィックハイツでみた人々は違う世界のお金持ちの姿であった。後者にとって大事なことは、生活をより充実させることである。ヘイトアシュベリーには、お酒、たばこ、タトゥー、ピアスなど不健康なお店が目立っていたのに対し、フィルモアストリートに並ぶのは本屋、ケーキ屋、トリマー、さらにヘルスクラブといった看板も何度か目に入った。これはほかの地区では見られない、生活に余裕のある人ならではの健康志向の表れである。さらに、本屋には世界各国バージョンの雑誌が丁寧に並べられていた。富裕層コミュニティということで、この地区に住む人々には人種や民族の垣根を越えたコミュニティが形成されているのだろう。これは、各々の家のデザインの違いからも見受けられる。デザインが違う中でも、きれいに区画され並んでいるため不思議と統一感を感じるのが見事であった。また、地面もゴミだらけで汚かった。地面が汚いという点では、チャイナタウンでも大量に落ちているタバコの吸い殻や爆竹の殻が非常に気になった。また、ダウンタウンには浮浪者が大変多く当然街全体が汚かった。靴が汚れるのを気にしてしまうほどだ。一方、パシフィックハイツの広い道路には、少しの葉しか落ちておらず、きれいに掃除されていた。
次に、アラモスクエアという芝生の敷き詰められた広場のような公園のまわりにも19世紀に当時の富豪が建てたヴィクトリアンハウスが並んでおり、ここも高級住宅街である。広場には愛犬家が犬を連れて集まってきていた。公園の目の前に並んだ7軒の家が有名で、ドラマ「フルハウス」をはじめとするサンフランシスコを舞台にした映画やドラマのロケ地にもなる観光名所である。実際にこの家の前で写真撮影をする観光客の姿も見られた。高級住宅街といえども、やはり公園内の犬の糞で汚れた地面や、住居の統一感の無さなどを見ると、超高級住宅街のパシフィックハイツには及ばなかった。21世紀を象徴するダウンタウンの高層ビルが遠くに広がる手前に、19世紀に建てられたヴィクトリアンハウスが立ち並び、さらにその手前には広大な芝生の丘の上で戯れるお金持ちの飼い犬の姿、このアラモスクエアからの景色は非常に平和的で華やかであった。
サンフランシスコ内における一握りである富裕層の生活をする場に焦点を当ててみたが、サンフランシスコという小さな都市の中におさまっているとは思えないほどの格差を現実に見た。ほんの少し丘をあがっただけで、違う世界が広がっていた。貧困地区を歩く時とはまた違う緊張感に包まれ、自分が悪者で不法侵入でもしているかのような錯覚に陥った。一般的な高級住宅街は中心部から離れた郊外に広く形成されるものであるが、ここにあげたパシフィックハイツなどはまわりの地区と隣接しており大変小さな地域であることが驚きであり興味深い点である。