私は今年が2回目のアメリカSVの参加であった。そこで前回と今回を(多少ではあるが)比較するという形を用いながら、このSVを振り返ってみることにする。前回のSVのテーマは「日米戦争の記憶」についてであった。UCSC(カリフォルニア大学サンタクルーズ校)の学生らの協力を得ながら、サンフランシスコツアーを行い「生きている歴史」に触れた。
今回のSVのテーマは、「戦後日米の平和と繁栄」である。戦後の日米がどのような時代を経てきたのか。繁栄とひとことに言っても、そこには一筋縄にはいかないことがたくさんあるのだ。繁栄の裏には、たくさんの犠牲が存在したはずである。私たちは、そのような歴史を一度再検討してみて、そこから何が見えてくるかを探しに出かけた。
さて、その結果は芳しいものではなかったかもしれない。それは、それぞれの書いた報告書を読むと、各々が見てきたものに対して抱く考えがバラバラで、まとまりのないものとなっていることからも伺えるのではないだろうか。その意味では前回のSVの方がまとまっていたのかも…
LGBTやチャイナタウン*8、ジャパンタウン*5というようなコミュニティに関するテーマで報告書を書いた人が多かったが、その中身は意見の違いが目立つ。例えば、コミュニティにおいて「閉鎖的」や「排他的」であるとか、逆に「開放的」であるというような書き方をしている。これは「閉鎖的」や「排他的」をそのままの(外部から壁をつくるという)意味で使っているひともいれば、一方でそれらのコミュニティは簡単に私たちのような外国人が入っていける環境(観光のような、一時的なものではあるけれども)にあるのだから、決して否定的な意味合いの「閉鎖的」や「排他的」ではない、と捉えているひともいる。そもそも「閉鎖的」、「排他的」とは何なのだろう。私たちの生活している環境にも必ずと言っていいほど存在する、差別や区別、そして排除の思考とそれは、どこがどう違うのか。それとも同じなのではないのか。
この答えを出すことは今の私たちには不可能であった。「戦後の日米の平和と繁栄」の多層性を見つけだすなかで、わたしたちの考えがまた一枚岩にはいかなくなっていったのである。今回のSVで私たちが見てきたものは、アメリカの平和や繁栄の裏側にあるものであったと言えるのではないか。それらはメインヒストリーではないかもしれないが、確かな歴史を作り上げてきたものなのである。これを「生きている歴史」と呼ぶならば前回のSVのテーマとも、もちろん共通している。しかし、前回のSVはそれらを理解したフリをしていたかもしれない。もっと考えて、調べて、議論しなければならない。私たちが、このような、もうひとつのアメリカ史を理解するにはもう少し時間がかかりそうだ…。